大判例

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札幌高等裁判所 昭和38年(う)331号 判決

判決理由〔抄録〕

原判決挙示の証拠および当審事実取調の結果によると、本件事故発生の現場は、北海道常呂郡訓子府町字日の出市街地にある同町字福野から同町字大谷に通ずるほぼ南北に走る幅員五・六米の道路(甲道という)と北見、訓子府方面に通ずるほぼ東西に走る幅員八・二米の道路(乙道という)とが直交する交通整理の行われていない交差点であること、そして、本件事故の発生は、被告人が原判示日時原判示貨物自動車に砂利を積載して甲道南方から運転してきて右交差点入口五、六米手前から速度を時速約一〇粁に減じて徐行しながら交差点に差しかかったが、左右、ことに乙道右側の見とおしがきかない箇所であったので、座席から左右の見とおしのきく原審検証見取図(昭和三七年九月一四日作成の検証調書に添付のもの)(ロ)点(この場合車の先端は約二米さらに交差点に進出していることとなる)に至って、まず、直進方向左側の乙道を注視し(この際左側から交差点に向ってくる車輛等は認められなかった)、ついで、なお徐行しつつ乙道の注視に移ったところ、前記見取図B点(約九米右方)に土屋貴志郎運転のジープが時速四〇粁を超える速度で交差点に向けて進行してくるのを発見し、直ちに急停車の措置を講じて右見取図A点で停車したがおよばず、右土屋の車と衝突したことによるものであることが認められる。

思うに、道路の交差点における交通事故は極めて多く、かつ、被害の程度も大であるため、交差点における種々の交通規制が設けられているところであるが、いやしくも、自動車運転者たるものは、右交通規制を遵守することはもとより、交差点に進入するに当っては、右規制に従うだけでは足りず時宜に応じた最善の注意を尽して事故の発生を未然に防ぐべきであって、就中左右確認の義務は、その最たるものとしなければならない。これを前認定の事情についてみると、なるほど被告人は、土屋の車より先に交差点に進入していることとなり、速度も約一〇粁で徐行しており、左右の注視も一応尽してはいるのであるが、おおよそ、交差点を直進するに当っては、まず、交差道路の右側の交通状況を確認し、つぎに左側のそれを確認するのが左側通行を建前とする交通規制上当然の順序とされるうえに、ことに、本件にあっては右側道路の交通状況の見とおしがきかず、かつ、乙道の交通量の比較的多いことは原審証人村中輝雄の証言によってうかがわれ、被告人としても平素屡々本件交差点を通行している旨供述しているところからも、このことは熟知していたと解されるのであるから、かかる場合、事故の発生を防止するためには、まず、さきに十分右側の交通状況を確認すべきであったにもかかわらず、漫然左側をさきにし、ついで右側を確認する方法に出たため、土屋運転の車の発見がやや遅れ、そのため当然避けられたであろう本件事故の発生をみたものであることがうかがわれる。このことは、被告人の車が時速一〇粁で進行しているとすれば、その制動距離は〇・六米であることが原審で検証されており、もし、被告人が前記(ロ)点で土屋の車を現認しておれば、なお、前記A点の手前で十分停車し得ているものであることの原判示説示の事情によって一層明らかである。してみると、本件事故発生は、土屋において、本件交差点を通過するに当り、これよりさき前記見取図(イ)点から(ロ)点にある(その間の距離は約一四・二三米、当審の検証の結果では一二・七米)被告人の車の前頭部をみるまで、四〇粁を超える時速(土屋は二〇粁ないし二五粁であった旨供述しているが、原審検証の結果や司法警察員作成の実況見分調書に徴して措信し難い)で進行していたことに大きな原因があるといえるにしても、被告人において結局乙道右側の確認義務を尽さなかったことの過失にもなお原因があるものとせざるを得ない。

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